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STORY 04
分からん、だけど、わかりたい

 

1+1=∞

心黒女

気づいたら学校に着いていて、気づいたら黒板を眺めていて、気づいたら四限目終了のチャイムが鳴っていた。

全く授業に集中できなかった。気分が落ち着かず、空っぽのはずの胃の中がもやっとしている。理由は分かっているが思い出したくもない。

 机に突っ伏したままでいると、友人たちが声をかけてきた。

「テンション低いなー」

「早くメシ食おうぜ」

 いつまでもこうしているわけにはいかないが体が重い。寝不足だろうか、昨日は何時に寝たんだっけ、とぼんやり考えながらのそりと体を起こした。

 リュックから弁当袋を取り出しながら、昨日のことを思い出す。学校から帰って、なんとなくテレビを眺めて、それで。夕飯のあと、いつものちょっとした小言が何だかやけに引っかかったのだ。思わずこぼれた文句をきっかけに、口論の火ぶたは切って落とされた。

 進路についていろいろと考えなければならない時期だから、口を出したくなるのも分からなくはない、いや、やっぱり分からない。分かりたくない。そういうときだからこそ放っておいてほしい、というのはわがままだろうか。しかしこれは、れっきとした俺自身の本音なのだ。

 結局、昨日はそのあと夜中の二時まで起きて、机に向かったまま寝てしまっていた。節々の痛みに悶えながら目を覚ますと、広げていた宿題のプリントがしわくちゃだったのを覚えている。そのプリントは今日提出というわけではないのに、躍起になって終わらせようとしていたものだった。何かに夢中になることでしか、気を紛らわすことができなかったのだ。

 何ぼーっとしてんだよ、という友人の言葉にぎこちなく笑いながら二段弁当の上のフタを開けた俺は、言葉を失った。

「どうした、ってうわ」

「お前おかず黄色っ」

 そう、黄色い。いつもなら彩り豊かに飾られている弁当のおかずが、今日は余すところなく黄色に染まっている。

 やわらかに渦を巻く卵焼きが並ぶ隣には、教室の光を反射してつややかに輝くチーズ、黄色いシリコンカップにはパプリカとコーンのサラダ。かぼちゃとさつまいもの煮物はひとくちサイズにカットされていて、その香りと甘みは想像に易い。そして最後に、隅で淡く、されど確かな存在感で弁当箱全体を引きしめているたくあん。

「それさ、下の段どうなってんの」

 友人に言われて、下の段のフタも開ける。

ご飯には、「バーカ!」の形にていねいに切り取られたのりがしかれていた。

 一瞬の間ののち、なぜか感嘆の声が響く。

「これはこれは……たいそう凝っていらっしゃる」

「何、お前の母さん機嫌悪いの?」

「ていうか、写真撮ろうぜ写真」

「おい、先生来たぞスマホ隠せ!」

教室の扉が開いて、こもった空気が外へと流れ出る。

「そこ賑わってんな。どうした」

「せんせー、見てこれコイツの弁当」

「へえ、どれどれ……」

 先生はアンバランスな白黒と黄色に目を丸くした後、声を上げて笑った。

「すごいなあ。元気の出る良い弁当だ」

「元気が出る」、そのとおりだ。俺も腹の底から笑いたくなった。

そのとき自然と、母さんが弁当を作る後姿が思い浮かぶ。いつもより自慢げな顔で、いつもより言葉少なに、いつもより時間をかけて。

いつも通り俺に手渡す、それのためだけに、今日だけこんな細工をする母さんの姿。

 本当に子供っぽいな、母さんも、俺も。子供っぽくて、あほらしい。

いつの間にか胃のあたりのもやもやはなくなっていて、空腹を感じるばかりとなっている自分に気がついた。

 そうしてかきこんだ弁当は、今日もうまい。

 

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