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STORY 09
苦いだけの大人には、ならない

 

夢とカフェオレ

冬蔦

大人になりたい、と、ずっと思っていた。

いつもわたし達の前に立って皆を導いている大人達に、昔から憧れていた。かっこいい。わたしも、あんな風になりたい。ひとの前に立つ大人になりたい、と。

 

 

文化祭の演目を決めなければいけない時期になった。

実行委員であるわたしは、いわば文化祭におけるクラスのまとめ役である。今までに何回かまとめ役を買って出たことはあったけれど、今回は規模も士気も段違いだ。学校全体が、何となくお祭りムードに包まれていく。それはわたし達のクラスも例外ではなく、演劇がやりたいとかいや

合唱がいいとか展示も捨てがたいとか、演目を決める段階で既に皆熱にうかされたように騒いでいる。

これからこのクラスを引っ張っていくんだ。そう思うと、何ともいえない高揚感で胸がいっぱいになった。

 

 

しかし、現実はなかなかうまくいかない。一週間たっても、二週間たっても、一向に議論はまとまらなかった。

方向性は何となく演劇で決まってきた。けれど、上演するシナリオを巡って対立が起きているのだ。わたしが普段一緒にいる女の子達と、また他の女子のグループと、男子でやりたい事がみんな違うらしい。結局、最終下校まで議論しても平行線を辿るばかりだった。

皆が勝手な事ばかり言っていたんじゃ、話がまとまるわけないんだけどな。とはいえ、わたしが無断で決めつけるわけにもいかないし。家に帰りぶつぶつ言いながら、電気ポットのお湯をドリップコーヒーのフィルターになみなみと注ぐ。ここ最近のわたしの日課、コーヒーブレイクだ。

大人っぽいな、と思って飲み始めたブラックコーヒーの苦みにもだいぶ慣れた。最初はあまりの苦さに、思わず中身をシンクにぶちまけてしまいそうになって、でも「大人っぽい」の一言のために必死で我慢して喉に流し込んだ。この頃はコーヒーの酸味だとか香ばしさだとか、そういう通っぽい事まで理解できるようになってきているのだから、人間何事も慣れだと思う。

 

 

一か月が過ぎた。まだクラスの意見はまとまらない。何となくみんな焦ってきている。しかし、その割に建設的な意見が出ることはなく、対立グループの陰口ばかりが互いの口からぼろぼろと落ちてくる。わたしのまとめ方も、最初よりだいぶ強引になっていた。でも悪いなんて思わない。わたしだってやりたいが事あるし、なによりこんな風に言わないといつまでたっても何も進まないんだから。そう、こうするのが一番良いんだ。

心の中で唱えながら教室の前を通りかかる。教室には違うグループの子達が、なにやら盛り上がっているようだった。何とはなしに耳を澄ませて、

背筋が凍りついた。

 

……実行委員のあの子さぁ、ちょっとでしゃばってない? まとめ役って言ったって、結局自分のやりたいことやろうとしてるだけじゃない? なんでまとまってくれないのーとか、そういうのうざいよねー。誰のせいだと思ってんだろ。

 

きゃあーっと歓声をあげる女子たち。楽しそうにわたしの悪口を言い合う、クラスの仲間、と思ってた子たち。

わたしは、それを最後まで聞くことができず、走って校舎を出た。そのままの勢いで家まで走る。

走りながら、頬を次々とあったかい何かが伝って、それがまた悔しくて、必死に腕で拭った。

 

どうして皆、わたしの言う事を聞いてくれないの?

わたしは皆の為に頑張って、文化祭を成功させようとしてるだけなのに。

どうして、わたしだけこんなに苦労しなきゃいけないの?

どうして大人みたいに上手くできないんだろう。

今のわたしに足りないものがあるのなら、それは何?

……そんなの、わかんないよ。知らないよ。

違う、こんなの違う、違う。

わたしはただ、憧れていた大人にちょっとだけでも近づきたい、それだけなのに。

何でこんなにうまくいかないんだろう。

 

 

家に帰る頃には、涙も乾き切っていた。自室に籠って、しばらくじっとしていた。何もしたくない。何も考えたくない。明日どんな顔で皆の前に行けばいいのか、あの子たちに接したらいいのか、全然わからない。頭の中は悔しさと悲しさが入り混じって訳がわからなかった。

……なんだか、とても疲れた。わたしはコーヒーを飲んでゆったりすれば、ちょっと落ち着くんじゃないか、と思ってダイニングに向かった。

 

マグカップを用意してドリッパーをセットしてみたけど、今日だけは大人っぽいブラックコーヒーよりも甘い飲み物がほしかった。この行き場のない苛立ちを、甘さで何とか癒せないか、と考えたのだ。そこで、久しぶりにコーヒーにミルクを入れて飲んでみよう、と冷蔵庫から牛乳を取り出してマグカップに注ぎ、電子レンジに放り込む。二分ほど経ってから取り出して、真っ白い湯気を絶え間なく吐き出す、ぼやけたキャラメル色を口に含んだ。

苦いだけじゃない、優しい味がした。

 

カフェオレが体に染み込むのと同時に、わたしのささくれ立った気持ちがゆるゆると丸みを帯びてくる。それを噛みしめながら、わたしは気づいた。

わたしがなろうとしてたのは、苦いだけの大人だった。

でも、苦いだけじゃ駄目だったんだ。

このカフェオレみたいに、相手の気持ちを包み込めるような、優しい大人になりたい。

苦いだけの大人に、なりたくない。

 

 

次の日、放課後がやって来た。

昨日わたしが教室の外に立っていた事に、あの女の子たちは気づいていたらしい。ちらちらと、何か言いたげなバツの悪い視線を投げかけてくる。

教壇に立つと、みんなのうんざりしたような視線がわたしに突き刺さった。またあの進展しない議論が始まるのか、とでも思っているんだろう。

でも、わたしは気づいたんだ。みんなで成功させる、その事を大切に思っていれば、みんなの事をちゃんと考えていれば、優しい大人への第一歩になるっていう、とても大切な事に。カフェオレのほのかな苦みと、ふわりとした甘さが教えてくれた。

わたしは、すっと大きく息を吸い込んで、

 

「……皆に、伝えたい事があるんだ」

 

成功への第一歩を踏み出した。

 

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